弱者の戦略「埋もれない力」 #the21

松村香織は、ビジネス誌『THE21』 にて連載(2014年6月号~11月号全6回)をもっていた。

アイドルのサクセスストーリーに学ぶ“弱者の戦略”「埋もれない」力

このタイトルの後に毎回次のような文章が付されていた。

 

「一般にはほぼ無名なのに、昨年の「総選挙」では246人中、24位にランクイン。総合プロディーサー秋元康氏に「“弱者の戦略”の成功例」と絶賛された。48グループの研究生会会長でSKE48の「終身名誉研究生」松村香織。本連載では彼女のサクセスストーリーから、ビジネスマンが組織の中で「埋もれない」ためのセルフブランディング戦略を学ぶ。」

 

ここではこの連載に合わせて、松村香織の「弱者の戦略」を改めて考えていこうと思う。

 

第1回 差別しなければ、生き残れない

多数の競争他者の中でいかに競争優位を確立するか。基本的な競争戦略の一つが差別化戦略である。

他者との差別化を成功させるためには、顧客に評価されうる特徴を明らかにすること、顧客ニーズに対応して独自の方法で自身を位置づけることなどが必要である。

 

松村香織は、差別化戦略をどのように達成しようとしたのか。
2011年ころまでの研究生が顧客(ファン)に何かを提供できる場は少ない。数週間に1回のブログと握手会だけであった。

その二つをいかに他者と差別化するか。
ブログは1万字という長文で作成することによって独自性を出して他者との相違を明確化する。
握手会では、持っていた資源を活用する。握力を生かして強く握ることを意識したという。
また、一つのブランドとして「クロス握手」も確立した。

 

誌面では書かれていなかったが、ファンに提供する場としてもう一つ劇場公演がある。

持っている資源でパフォーマンスにおいて差別化することは難しかったかもしれない。
しかし、前職がメイドであるという資源を活かした自己紹介はまさに差別化戦略の一つと言えるだろう。だが、これらだけでは既存の顧客市場でさえ開拓することは難しかった。

 

そうした状況下で、新たなアピールの場が与えられる。それがGoogle+ (以下、ぐぐたす)である。

個人に与えられたアカウントで自由に更新できる初めてのSNSであった。

 

松村香織のぐぐたす戦略として、動画を活用する。
当時はぐぐたすにアップするのは写真が通常であって、動画を投稿するメンバーはほとんどいなかった。
さらに、一般に動画を利用しだしたメンバーも楽屋裏やレッスン場などある程度公的な場での撮影に限られていた。

 

現在ではshowroom の配信があるため珍しくないが、自宅で撮影した動画をぐぐたすにあげるメンバーなどほとんどいなかった。

しかし、松村香織は自室という完全なプライベートな空間で撮影をするというその時代には考えられないものを提供したのである。
当時としては、他者には追随できない差別化であった。

 

差別化は、ブランド・ネーム、製品のデザイン、評判といった価値を表すシグナルを高めることでも達成できる。

松村香織は「BBQ松村香織の今夜も1コメダ」という動画のブランド・ネームを確立する。

さらに、動画のオープン画像は、漫画家の田辺洋一郎 氏(TNB)を巻き込んでオープニングのイラストを提供してもらう。

井上ヨシマサ 氏にはオープニング、エンディングのテーマ曲をお願いする。

外部資源を十分に活用して動画の価値を高めていく。
松村香織は「1コメダ」というブランドを確立することでコア・コンピタンスを獲得したのである。

第2回 情報発信で予定調和を壊す

松村香織というアイドルがどのような価値を持つ存在かを顧客に訴求していくためには情報発信が重要である。

本来、アイドルは自分がマイナスになるようなことを発信しない。
しかし、松村香織は発信することでマイナス要素をプラス要素に転換させようとする。それは、既存概念の打破であり、まさにイノベーションである。

 

2013年6月12日夜、ぐぐたすに「原因不明で全体的に髪の毛が抜けて少なくなり薄くなってしまいました。…助けてくれる業者さん企業さんいらっしゃいませんか? 」と投稿する。

これに対して、翌朝、高須クリニックの高須幹弥氏がブログで反応 する。女性の頭髪の薄毛について投稿したのだ。その翌日には正式に申し出てくれて治療が始まる こととなった。

 

この治療によって松村香織の頭髪は徐々に回復していくことになる。
これが2015年の選抜総選挙でのスピーチ

「某クリニックの高須先生、本当にありがとうございます」

につながるのである。

 

このような動画による市場開拓は、決して模倣できないわけではない。

当然、他者の市場参入がある。そこで、松村香織はバリュー・チェーンを考える。
コンサートの裏側などを撮影(購買物流)し、他者の動画よりも長めに編集(製造)しぐぐたすにアップする。

さまざまな発信に対する自分の評判をネットで検索(マーケティング)してその顧客ニーズをとらえる。こうしたバリュー・チェーンの構築が松村香織の情報発信の基礎となり、脱・予定調和の発想の源となっていると思われる。

第3回 多くの人に支えられた「17位」

選抜総選挙は新規市場開拓のチャンスである。

つまり、多くのメディアで大きく取り上げられることから、既存市場の顧客だけではなく、非顧客(一般層)を獲得する機会なのである。
そして、総選挙順位はアイドルとしての評価のシグナルとなるため、業界関係者に対する効果もあるだろう。

また、その順位は外部に対するシグナルになるだけではなく、しばしば内部における評価につながる可能性も指摘されている。
公式では無関係とされているが、最近では、SKE48選抜になるために総選挙にランクインするという目標を掲げるメンバーもいる。

この回の誌面では、2014年選抜総選挙の総括として自己評価している。

その1年間は、研究生のリーダーとして既存市場での研究生の認知度を上げることに集中してしまい、新規市場開拓できなかったことを反省点として挙げている。

「17位」という結果は自分の既存の顧客(ファン)の応援、卒業メンバーや研究生のファンの支援があって得たものと分析し、その支援に対して感謝の気持ちを示している。

それは卒業メンバーや当時の研究生に対する強い思いとなってその後に表れるのである。

第4回 何事も、まずはやってみる

ここまでいかにも松村香織が計算して成功したかのように書いてきたが、当然ながらすべてにおいて計算があったわけではない。

しっかりと編集した動画をアップして評判を得た一方で、意外な動画が好評となったりもした。

 

例えば「皿洗い」動画である。

ただ忙しくて撮影する時間がなかったという理由だけで台所で皿洗いをしながら話をするというだけのものであった。

「まずやってみる」という戦略をとることの重要な事例としてそれを挙げられている。そのような成果はさまざまなところで現れてきた。

 

しかし、「まずやってみる」戦略はいわゆる炎上をもたらしてしまうこともある。

ピアスや茶髪に関する問題提起は多くの議論を呼んだ。

 

特に、ピアス問題に関しては北海道のテレビ報道にまで取り上げられている。運営に注意されたためか問題となった発言をした動画は本人によって削除されたが、その謝罪動画は残っている。( 2012年10月13日BBQ松村香織の今夜も1コメダ#121

もっとも謝罪動画を見ても、本人の考えが変わったわけではないように思われる。
ピアスをして謝罪するという松村香織らしい反発が見られるからである。

 

この問題に関して、今回改めて調査してみると、ピアス自体の問題よりもファンに対して「バカ」と言ってしまったことの方が問題視されていたようにも感じられた。

 

茶髪問題では他のメンバーのコメント欄にもかかわらず「染めたぐらいで騒ぐのはよくわからん。みんながみんな黒髪似合うわけじゃないし、なんか考え方が保守的すぎるし、黒髪主義すぎるのもどうかと思う!!!!!!!また炎上しちゃうからここまでにしとく」と発言。これが茶髪論争へと発展していったのである。

 

ピアス問題記事:
SKE48松村香織が衝撃発言 「ピアスの穴あいてたらそれで推しやめるとかバカじゃない?(笑)」

 

茶髪論争記事:
SKE松村香織「茶髪に染めたぐらいで騒ぐのはよく分からん」

「SKE48で“茶髪”論争」

 

これらの議論はある側面からは利点もあったかもしれないが、その展開の仕方を失敗したとも言える

 

一方で「まずやってみる」戦略が成功したケースもある。最近だと体臭問題がある。2017年8月19日、Twitterにおいて、女性のファンから並んでいるときのニオイに対して苦情があったことを発信した。

これが思わぬ反響を呼ぶ。

デオドラント商品を販売している「マンダム」から大量のボディーシートとスプレーが届き握手会で提供されたのだ。

そして、この問題について、松村香織はNHK「クローズアップ現代+」の取材も受けることになる。

さらに、その1年後の現在、マンダムの男性向けコスメブランド「ギャツビー」のキャンペーンでガチ勢サポーターに就任 することとなった。

一つの発信が大きな仕事へと発展した成功例である。

 

体臭問題記事:

SKE48の松村香織が体臭問題を訴え 握手会に大量のデオドラント商品が届く

SKE松村、ファンの「体臭」被害を報告 自ら対策「初の無臭握手会だったよ」

握手会“体臭問題”に斬り込んだSKE48松村香織、反響に驚き「空気が変わった」

 

こういった松村香織らしい発信は次第に炎上しなくなっている。

彼女はこれを周辺の意識の変化としてとらえている。
発信を続けることによって、松村香織という人間が認知され、マイナス要素の発信を問題としてそれほど意識されなくなる。
発信の継続はマイナス要素を低下させる効果を持つと考えられる。

発信の結果として最大の利益を得たいが、そのためには、果敢に行動するという「まずやってみる」戦略が有効であるのかもしれない。

第5回 チームの独自性を守るリーダーシップ

SKE48終身名誉研究生であり、AKB48グループ研究生会会長である松村香織。
誌面では研究生リーダーとしての姿勢が紹介されている。

前回までは松村香織の個人として競争戦略が主要な内容であったが、この回は所属組織の競争戦略が取り上げられているのである。

他のグループといかに差別化を図るか。そして、今後のSKE48を担う研究生に組織の独自性を伝えることでグループの強みを守ろうとする。

 

「先輩が…、今では厳しく指導されたのがありがたかったと感じます」

「挨拶、言葉遣い仕事に対する姿勢を厳しく指導します」

「自分が教わったことを後輩に伝える。そうやって「SKE48らしさ」を守ることも、自分の役目だと思っています。」

 

そのうえで、それぞれの研究生に「埋もれない力」を伝えようとする。12月のカンガルー特典映像『松村香織的アイドルの愛し方』 の中では、後輩に対しての思いを語っている。

 

「伝えられることと教えられることは精いっぱいやっていってあげたいとは思ってます。」

 

そして、そのドキュメンタリーでは松村香織のアイドルとの向き合い方について次のようにまとめている。

 

「松村香織にとってアイドルを愛するとは、見つめ合うことではなく、背中を見守ることなのかもしれない」

 

松村香織は自分自身だけのために行動するだけではなく、組織やメンバーのための戦略を同時に考えている。

SL理論からすれば、松村香織は無意識のうちに教示的リーダーシップをとっていたのかもしれない。

しかし、この行動の成功には犬塚あさなというパートナーの存在も大きかっただろう。

2014年のころの研究生チームは、松村香織の厳しい指導と犬塚あさなのフォローがうまくかみ合っていたのではないかと思われる。

最終回 ファン目線=顧客視点を徹底する

ナゴヤドームコンサート、2年連続紅白出場と順調に目標を達成したことによって、グループとして次の目標があいまいとなってしまった。

企業もうまく環境変化に対応しなければ消滅する。顧客ニーズに合わせ絶えずビジネスシステムを洗練し改革していく必要がある。

事業の拡大が進むと、製品の種類が増え設備など資源の増大を招く。
それは企業収益を悪化させる。
したがって、事業の絞り込みやリストラクチャリングが必要となる。
製品や事業の選択と集中というプロセスを繰り返しながら、顧客価値に対応できた企業が成長し生き残れるのである。

松村香織はグループの再起に原点回帰が必要だと述べている。

まずは顧客ニーズを確実にとらえること。
アイドルファンの求めるものではなく、SKEのファンだからこそ求めるものをもう一度考えなければならない。そのために、大きな会場ではなく小さな「箱」から再度スタートすることを強調している。

これまで自己プロデュースをする中で顧客ニーズをつかむことを重視し続けてきた。
だからこそ松村香織にとって顧客の需要とグループの供給が不一致になることをもっとも恐れた。

記事では、最後に次のようにまとめている。

 

「組織の中で生き残るためにこそ、組織の外にいる「ファン」に目を向けること。顧客と直接つながる努力を続けること。ここに松村香織の「埋もれない」力の本質がある」

 

このとき2014年。2018年現在、松村香織の問題意識に対する答えが出ようとしているのかもしれない。

 

参考文献:
K.G.パレプ,P.M.ヒーリー,V.L.バーナード,「企業分析入門 第2版 」,東京大学出版会,2001年(斉藤静樹監訳).

 


コラム は、有志の方々からの寄稿をもとに掲載しています。

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